北央石材工業株式会社 -札幌市-
◆1930年創業の老舗石材店
札幌市にある北央(ほくおう)石材の創業者五十川恵勇(いそかわけいゆう)さんは、10歳のころからレベルの高い石彫り職人が集う京都の石材店で修業、石工(いしく)として10年間腕を磨いた末、帯広の親戚を頼って渡道。1930(昭和5)年に札幌の山鼻地区(現在の札幌市中央区南11条西10丁目)で「五十川石材」を開く。そして1941(昭和16)年ころ、今の「平岸霊園前店」がある平岸霊園正門(現在は裏門)前に土地を購入し、新しい店舗を持った。
里塚霊園が開園した1963(昭和38)年、五十川石材店から北央石材工業株式会社に改組。同時に恵勇さんの長男、祐弘(ゆうこう)さんが代表取締役に就任、2代目となった。1940(昭和15)年生まれの祐弘さんも恵勇さんの職人気質をしっかりと受け継ぐ確かな技術を持ち、50歳くらいまでは石職人として陣頭指揮に立っていた。そして1967(昭和42)年に「里塚霊園前店」をオープン。現在の2店舗体制を確立する。
![]() 現在の平岸霊園前支店 |
![]() 現在の里塚霊園前支店 |
時が平成へと変わり、墓石も国産中心から価格の安い中国を初めとする諸外国からの輸入製品が、徐々に主流となっていく。北央石材もそうした時流に逆らうことはできず、自社加工は減少していった。だが、祐弘さんは創業以来の職人気質の店を維持することも忘れなかった。伝統的な加工技術を、3代目も含めた後継者たちに伝承していったのである。「里塚霊園前店」に工場を併設する際にも、すべて自社加工できるよう、職人たちも育成していった。こうして2009(平成21)年4月、祐弘さんは会長となり、長男の祐至(ゆうじ)さんが代表取締役に就任、3代目となった。
◆3代目の趣味は墓所巡り

穏やかで礼儀正しい3代目社長
1973(昭和48)年生まれの3代目、五十川祐至さんの趣味は墓所巡りだそう。趣味と仕事が重なるのはよくある話だが、「お墓鑑賞」が趣味と聞けば、一風変わった人と思えなくもない。だが、その理由を聞くと納得できる。「霊園など墓所の古いお墓などを見ると、そのひとつひとつが一種の芸術作品なんです」と祐至さん。なるほど古いお墓はすべて手彫りで、「それらの彫刻は芸術的ですらあります」と語る祐至さんの言葉には説得力がある。これまでの墓石鑑賞旅行は道内や国内に留まらず、中国や韓国、台湾、アメリカ、エジプト、ペルーなど海外にも及ぶ。
こうした趣味を生かし、祐至さんは店を訪れる人々を積極的に霊園散歩へと誘うそうだ。これは、いわば「お墓案内人」。自店の墓石展示は限りがある。それよりは霊園などへお客さんを案内し、様々な墓石を見てもらうほうがより現実的というわけだ。「私にとって霊園は『芸術の森』です」と語る祐至さんの言葉に嘘はない。
◆可能な限りご希望に近いお墓を
このようにじっくりと時間をかけてお客さんの要望を探り、問いかけ、そのひとりひとりに「可能な限り、ご希望に近いお墓を設(しつら)えて差し上げる」というのが、創業者・恵勇さんから3代に亘って受け継がれてきた北央石材の経営理念である。もちろん、お客さんの要望があれば国産の石材を使い、自社加工でお墓を設えることは現在も可能。職人も里塚の工場に2名抱えている。だから、この石材店で手がけるものはレディーメードであっても、それをベースに限りなくオーダーメードに近いものとなるよう、設計段階で綿密にお客さんとやりとりする。いわば、お客さんと一緒にお墓を作り上げていくという姿勢を最も大切にしているのだ。新規や建て替えには10年保証(天災や人災を除く)による無料補償をしているのは、その自信の表れだろう。そのほか、部分補修など細部にわたるアフターケア(有料補修を含む)の充実度も高い。昔からの顧客で新たな建て替えをするお客さんが多いのも、そうした信頼があるからだろう。

札幌のお墓事情が満載!
代表になってから、自ら加工を手がけることはなくなったが、もちろん祐至さんも創業以来の技術を受け継いでいる。その経験を生かし、『札幌でお墓を建てるあなたへ』というオールカラーの小冊子を作成、訪れるお客さんへ無料で差し上げている。いつでも気軽に、様々なお墓相談にも応じている。その職人気質と責任感の強さは、3代続いた今も変わらない。
(取材・執筆 本多)
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◆北央石材工業 会社データ 【平岸霊園前店】 【里塚霊園前店】 【両店共通案内】 |
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